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2008年5月 2日 (金)

結局「死ね」はなかったことに

 例の西村主審の「死ね」発言はなかったことになりそうだ。

 まぁ「死ね」と「して」を聞き間違えるか?と言われるとそうだよねぇとなるのだが、あのようなお互いにエキサイトしているような状況では、案外・・・と思う訳だ。

 普通の状況ならともかく、前回の「退場者取り違え」から日もまだ浅い状況でまた試合が荒れて選手からクレーム出てきた状況では、どういう精神状態かと言うのもあるし。

 ただ、「うるさい」は言ったらしい。 
 こっちも充分に選手への侮辱に当たるのだが、こちらはお咎め無しってのはどうかと思うし、試合後のやりとりも頂けない。

 前にも書いたが、この場合に威圧的に出ても効果はない。
 あくまでも自分のジャッジに自信があるなら、そのジャッジについて簡単でもいいから選手に説明しておけばこんな事態にはならなかったし、ファールした選手に注意を促してコントロールしていれば、試合は荒れないのである。 今年のJでは結構ファールを流す傾向があるので、その際にファールされた側のアドバンテージをどう見るかが主審の力量だと思うし、プレイが切れた後にファールした選手に注意を促して次はカードだぞと念押しすれば、選手の側はその日の主審の判定基準が判るので、その範囲内でプレイする事になる。 
 もっとも、その基準があやふやでブレる人がいるから困るのだが。

 前節の名古屋-川﨑戦は全部で1枚しかカードが出なかった。
 結構流す主審だったが、その判定はおおよそ公平だったので荒れた試合にはならなかったと思う。
 もっともファールで止めるって事をしないチーム同士だったからってのもあるか。
 FCも大分も似たような事やるから、そんな試合は望めなかっただろうが(笑)


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