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2009年11月14日 (土)

「坂の上の雲」は小説です

 NHKが「坂の上の雲」をドラマ化した。

 それに釣られた訳でも無いだろうが、何時も見に行くITなサイトのコラムに、「坂の上の雲」で読んだ日露戦争の旅順攻略戦とシステム開発のデスマーチを絡めたコラムが載っていたのだが…

 もろに司馬史観に毒されてます>コラム主。

 あくまでもアレは「司馬遼太郎の小説」であって、歴史書ではないのだけど。

 敢えて読むなら、防衛庁編纂の「戦史叢書」にして欲しいものだ。

 乃木や配下の参謀が凡将・愚将と書いたのは司馬遼太郎の主観なんだが、そこは「陽を浴び続けた天才」の書いたものだけあって、本当にあったことと思い込んでしまう場合もあるわな。

 実際の所、陣地構築の上手いロシア人がコンクリート目一杯使って作った要塞に当時の最新兵器である機関銃を大量配備して待ち受けてたのに、航空偵察も戦車も無く、近代要塞攻略の戦訓も無く攻めればあの程度の犠牲は出る。

 その後発生した第一次大戦で、機関銃の大量使用やそれに対する対策が出来ていなかったからこそ大量の犠牲が出た訳で、日露戦争に観戦武官を送っていた欧米列強が旅順攻略戦を見ていなかった訳ではないのに。

 しかも乃木の指揮した第三軍は平野での露陸軍との会戦用に編成してたのだから、丘陵地帯の要塞攻めの準備なんかしちゃいない訳で。

 乃木も攻めてみてただ突撃しても無駄と塹壕を掘り進んで行く予定で居たところを、露太平洋艦隊殲滅にしくじって旅順に立てこもられ、バルチック艦隊が来航する前に何とかしろとせっついたのは海軍。

 しかもバルチック艦隊来航の時期を読み誤ってるし。

 もっともバルチック艦隊が来るのが遅れたのは、日英同盟を結んだイギリスの妨害のおかげでもあるが。

 203高地は旅順の要衝ではあったが、旅順市街からは遠い事もあってここを攻め落としても即要塞攻略とはならないし、その割に守りは堅いからこんな所は最低限の兵力で包囲して無力化しておいて、要塞本体に掛かるのはそう間違った事ではない。

 もし、旅順攻略戦から学んでデスマーチに活かすなら、想定外の事態があっても無茶な計画と回りの雑音に惑わされずに対処しろって事だろう。
 たぶん。

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